奈良・平城宮跡の東の端から、東の山中を見てます。東大寺や若草山がよく見えますね。1300年の昔の奈良平城京が蘇えります。


by nbsan1491
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帯解寺  奈良市今市町

霊験あらたかな地蔵菩薩に安産祈願

JR奈良駅から桜井線の二つ目の駅が「帯解駅」です。一つ目の駅が「京終駅」です。この駅にはとても有名な話しが有りましてね~其れは
この駅名が読めないのです。「きょうばて」と読みます。1300年の昔の奈良時代の都の端がこの地域であった事から京の終わりで「きょうばて」と地名がついたそうです。とても「きょうばて」とは読めませんね。。。

JR 「京終駅」です。

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「子安山 帯 解 寺」
安産祈願の寺として名高い、本尊の木造地蔵菩薩半跏像(重文)は鎌倉時代の作で、我が国最古の求子安産の霊像として信仰を集める。自伝によると、文徳天皇(827年~858年)の時代に皇后藤原明子に長い間子が産まれなかったが、春日明神のお告げでこの地蔵菩薩に祈ったところ間もなく懐妊し、惟仁親王(後の清和天皇)を安産。文徳天皇は喜んで西暦858年。さらに伽藍を建立し寺号を改めて帯解寺と命名したという。

江戸時代には徳川3代将軍家光に世継ぎがなかったことから、本尊に祈願したところ竹千代丸(4代将軍家綱)を安産。家光から仏像仏具などが寄進されたいう。近年には、美智子皇后の懐妊の際に安産祈願法要を厳修、秋篠宮妃殿下にも安産の腹帯を贈った。境内はさほど広くないが、いつも安産祈願の参拝者をみかける。 

帯解寺付近案内図

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帯解寺

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帯解寺  本尊の木造地蔵菩薩半跏像 (重文)

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サンプレ変速機の安価の物ばかり・・・若いときはこんなんばかり使ってました。

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by nbsan1491 | 2018-09-07 22:21 | Comments(2)
東大寺 ・ 奈良市雑司町

天平の華を伝える東の大寺

華厳宗大本山の東大寺は、聖武天皇による西暦743年の「盧舎那仏造顕の詔」により建立が始まり。大仏殿は西暦752年に開眼供養が行われた。奈良時代には大仏殿のほかに東西二つの七重塔を持つ大伽藍だった。中世以降二度の壊滅的な打撃を受けたが、鎌倉期、江戸期に再建が行われた。南大門、大仏殿、二月堂、法華堂(三月堂)、など広い敷地に配されている。何れの建物も国宝に指定されている。盧舎那仏座像、不空羂索観音立像、執金剛神立像、金剛力士像、など多数の国宝を所蔵する。また二月堂で行われる修二会(お水取り)は、1200年あまり続く行事で、幅広い信仰をあつめている。1998年には「古都の文化財」として興福寺などとともに世界遺産に登録された。


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東大寺 参 道

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南大門 遠 望

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南大門(国宝) 鎌倉時代の再建

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金剛力士立像 (二王像) 「阿 形」(あぎょう)

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「吽 形」 (うんぎょう)

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鏡池と中門と大仏殿 (東大寺の写真撮りのベスト位置)

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中門と大仏殿

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中門

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大仏殿

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金銅八角灯籠 (銅造・鍍金)(奈良時代・国宝)
大仏殿前に据えられた灯籠。大仏への献灯を目的に、752年の開眼供養に制作された。四方の観音開きの扉には「宝相華」「雲気文」「獅子」を間の羽目板には奏楽の「音声菩薩」を、いずれも浮彫で卓越した金工技術でつくられている。
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これが 奈良の大仏さまです。

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シマノ ・ ジュラエース 「7400」

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私のメインの戦闘機は総て「ジュラエースの7400」です。「ジュラーエス7400」から「ジュラエース7400ー1」「ジュラエース7400ー2」の3つの製品が発売されました。この「7400」を「5セット」購入し。1セットは岐阜のお友達に譲りました、3セットは現役で使ってます、残り1セットは予備として手持ちしてます、この予備を使えるか・・・寿命が持ちますか??

by nbsan1491 | 2018-09-05 15:26 | Comments(0)
興福寺・猿 沢 池  奈良市登大路町

興福寺の五重塔の影を映す記念写真の名所・・・

興福寺の「寺内池」としては、周囲が整備され過ぎた感じはあるが、柳と木々の緑と池の中の亀の休憩所、そのうしろに五十二段の石の階段と日本で二番目に高い(一番は京の東寺の五重塔)五重塔という景色は絵はがきでお馴染みの構図。ここで記念写真を撮る人が多い。

周囲360m、休憩所で甲羅を干している亀や多くの鯉も見られる。もともと興福寺の放生池として造られたものといい、「澄まず、濁らず、出ず、入らず、魚七分に水三分、蛙はわかず、藻生えず」とこの池の七不思議が伝えられている。


近鉄・奈良駅から東向き商店街を通って、三条通り出てきます。

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もうすぐ猿沢池です。

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江戸時代から続く、奈良県里程元表 と 高 札 場

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猿沢池 南側を見る

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猿沢池のいわれと亀の休憩所



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池越しに興福寺の南円堂の屋根が見えてます
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猿沢池の西南隅に有る、犀川の小橋から奈良町へ「奈良の上街道で天理・桜井へ。」(この道、伊勢街道とも言います)

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奈良の記念写真の定番、五十二段の石段越しに五重塔を見てます。

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シマノ 変速機 600からアルテグラに変わる時期の変速機です。とても良い性能でした。

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当時としては、ジュラエースに次ぐ変速機でしたから、レース用としてもツーリング用としても重宝してました。



by nbsan1491 | 2018-09-03 09:51 | Comments(0)
海竜王寺  奈良市法華寺北町

この寺は小さな五重塔のある、ひっそりとした古寺

東大寺の北、「転害門」の正面に始まる一条通りを行き佐保路が法華寺の集落に入り右折した先の左側に「海竜王寺」の東門から入る。平城宮の北東の隅に有るところから「隅寺」と呼ばれた。西暦731年光明皇后(聖武天皇の皇后)が創建し、唐から帰朝した玄肪を開基とした。創建当時の面影を伝えるのは東門の正面奥にある西金堂(重文)のみで、天平時代のものとされる高さ4mの五重小塔(国宝)を安置する。そのほか切金文様の美しい室町時代の木造十一面観音立像(重文)などを伝えている。

かっては土塀も崩れた荒れ寺であったが、東門からの参道も今は綺麗になって、大和路の小さい古寺の風情が伝わっている。

県道から東門と石の階段が造られている。

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門越しに参道を見る。

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海竜王寺の「いわれ」

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ひなびた参道。
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中門
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本堂
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十一面観音立像(重文)
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いわれ
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西金堂 五重小塔が安置されてます。
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五重小登 (国宝)
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いわれ
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シマノ 600 (現在のアルテグラ)ですね。

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by nbsan1491 | 2018-09-01 23:11 | Comments(0)