奈良・平城宮跡の東の端から、東の山中を見てます。東大寺や若草山がよく見えますね。1300年の昔の奈良平城京が蘇えります。


by nbsan1491
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奈良坂 の 般 若 寺

いにしえの奈良山を越えるところ、奈良坂の古道にそって立つ「般若寺」飛鳥時代高句麗僧慧潅法師によって開かれた。

都が奈良に遷って天平七年(735)聖武天皇が平城京の鬼門を守る為 「大般若経」を基壇に納め塔を建てられたのが寺名のおこり。

そして平安の頃は学問寺として千人の学僧をあつめ栄えたが、治承四年(1180)の平家の南都攻めにあい建物は灰煁に帰した。鎌倉時代に入って廃墟のなかから、十三重石宝塔をはじめ七堂伽藍の再建が行われ寺勸は旧に復した。

般若寺はその後、室町戦国の兵火、江戸の復興、明治の廃仏希釈と栄枯盛衰を経ながらも、真言律宗の法灯を掲げて今に至っている。

奈良坂の道
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前方看板の左が般若寺です。
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コスモス寺・般若寺の受付です。
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般若寺の絵図です。
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受付前の石仏です。
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本堂横から。
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十三重石宝塔 (重文・鎌倉時代)
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本堂(県文化財・江戸時代)
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近くから十三重石宝塔
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一切経蔵(重文・鎌倉時代)
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笠塔婆(重文・鎌倉時代) 宋人伊行吉が父母の供養のため造立。日本最古最大の笠塔婆。
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コスモス
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国宝・楼門
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(*)コスモスの観賞は後しばらく・・・11月初旬頃まで楽しめるそうです。
by nbsan1491 | 2012-10-15 21:03 | Comments(0)