奈 良 海 龍 王 寺
2013年 01月 13日
東大寺の天平の遺物だという転害門の前から 現在の一条通りが通っているが左右の家並みがせまって、とても狭いがともかく此処は、かっての「都大路」の名残りです。この一条通りを西へ、ほどなく万葉で知られる「佐保川」が流れ、「聖武天皇」の佐保山南陵とその東側に「光明皇后」の佐保山東陵がある。さらに一条通りを西へこの道が1300年の昔からの道であると思うと感慨深いものがある。直進暫らくで法華寺村(現法華寺町)に着く。
これからの文は「堀 辰雄」の「大和路・信濃路」からの「海竜王寺」の紀行文であります。
(1941.10.12)(昭和16年)
村の入り口からちょっと右に外れると、そこは海竜王寺という小さな廃寺がある。そこの古い四脚門の陰に入って、思わずほっとしながら、うしろを振り返ってみると、今自分の歩いてきたあたりを前景にして、大和平一帯が秋の収穫を前にしていかにもふさふさと稲の穂波を打たせながら拡がっている。僕はまぶしそうにそれへ目をやっていたが、それからふと自分の立っている古い門の今にも崩れて来そうなのに気づき、ああ、この明るい温かな平野が廃都の跡なのかと今更のように考えだした。
私はそれからその廃寺の八重葎の茂った境内にはいって往って、見る影もなく荒れ果てた小さな「西金堂」(これも天平の遺構だそうだ)の中を、はずれかかった連子ごしにのぞいて、そこの天平好みの化粧天井見上げたり、半ば剝落した白壁の上に書き散らされある村の子供のらしい落書きを一つ一つ見たり、しまいには扉口からそっと堂内に忍びこんで、磚の隙間から生えている葎まで何か大事そうに踏まえて、こんどは反対に連子の中から明るい土のうえにくっきりと印せられている松の木の陰に見入ったりしながら、 そう ー-もうかれこれ小一時間ばかり、此処でこうやって過ごしている。女の来るのを待ちあぐねている古の貴公子のようにわれとわが身を描いたりしながら・・・・・
「海竜王寺」
法華寺の東北に接してそっとたたずむ古寺。平城宮の東北隅にあたる左京一条二坊の地に建てられた寺なので、「角寺」「隅寺」とも呼ばれてきた。天平三年(731年)僧玄昉が渡唐する安全を竜王に祈る為に、光明皇后が発願して建てた。無事帰国した玄昉は、持ち帰った経論を持ってこの寺に住した言う。天平の遺構を伝える西金堂、鎌倉時代に復興した経蔵のほか、近世の金堂と門が残るが、ものさびた古寺の面影が境内にただよっています。
「海竜王寺表門」
「説明」
「参道」
「中門」
「周辺地図」
「説明」
「本堂」
「本尊」 十一面観世音菩薩 (鎌倉時代) 重要文化財
「西金堂」 (天平時代) 重要文化財
西金堂の中に安置する 「五重小塔」 (天平時代) 国宝
「説明」
境内南側より「本堂」と「西金堂」を見る。
奈良大和路の有名寺社から見るととても可愛くて爽やかなお寺です。住職さんもとても優しくて親切にお話しをしてもらえました。
(*)伊勢の先輩このお寺は如何でしょうか。。。
これからの文は「堀 辰雄」の「大和路・信濃路」からの「海竜王寺」の紀行文であります。
(1941.10.12)(昭和16年)
村の入り口からちょっと右に外れると、そこは海竜王寺という小さな廃寺がある。そこの古い四脚門の陰に入って、思わずほっとしながら、うしろを振り返ってみると、今自分の歩いてきたあたりを前景にして、大和平一帯が秋の収穫を前にしていかにもふさふさと稲の穂波を打たせながら拡がっている。僕はまぶしそうにそれへ目をやっていたが、それからふと自分の立っている古い門の今にも崩れて来そうなのに気づき、ああ、この明るい温かな平野が廃都の跡なのかと今更のように考えだした。
私はそれからその廃寺の八重葎の茂った境内にはいって往って、見る影もなく荒れ果てた小さな「西金堂」(これも天平の遺構だそうだ)の中を、はずれかかった連子ごしにのぞいて、そこの天平好みの化粧天井見上げたり、半ば剝落した白壁の上に書き散らされある村の子供のらしい落書きを一つ一つ見たり、しまいには扉口からそっと堂内に忍びこんで、磚の隙間から生えている葎まで何か大事そうに踏まえて、こんどは反対に連子の中から明るい土のうえにくっきりと印せられている松の木の陰に見入ったりしながら、 そう ー-もうかれこれ小一時間ばかり、此処でこうやって過ごしている。女の来るのを待ちあぐねている古の貴公子のようにわれとわが身を描いたりしながら・・・・・
「海竜王寺」
法華寺の東北に接してそっとたたずむ古寺。平城宮の東北隅にあたる左京一条二坊の地に建てられた寺なので、「角寺」「隅寺」とも呼ばれてきた。天平三年(731年)僧玄昉が渡唐する安全を竜王に祈る為に、光明皇后が発願して建てた。無事帰国した玄昉は、持ち帰った経論を持ってこの寺に住した言う。天平の遺構を伝える西金堂、鎌倉時代に復興した経蔵のほか、近世の金堂と門が残るが、ものさびた古寺の面影が境内にただよっています。
「海竜王寺表門」
「説明」
「参道」
「中門」
「周辺地図」
「説明」
「本堂」
「本尊」 十一面観世音菩薩 (鎌倉時代) 重要文化財
「西金堂」 (天平時代) 重要文化財
西金堂の中に安置する 「五重小塔」 (天平時代) 国宝
「説明」
境内南側より「本堂」と「西金堂」を見る。
奈良大和路の有名寺社から見るととても可愛くて爽やかなお寺です。住職さんもとても優しくて親切にお話しをしてもらえました。
(*)伊勢の先輩このお寺は如何でしょうか。。。
by nbsan1491
| 2013-01-13 12:11
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